近年、精神的苦痛を理由とした改名が増えていると言われています。
戸籍の名前を変えたいほどなので、自分の名前に嫌悪感を抱いている方は少なくないでしょう。
改名したい方なら誰もが精神的苦痛を抱えていると思います。
虐待・イジメ・性同一性障害など、精神的苦痛の範囲はとても広いですが、どのような改名理由や事情なら裁判所から許可されるのでしょう。
精神的苦痛での改名は、医師の診断書が有効な証拠となりますが、改名が許可されるために、証拠としての効力を発揮させるためには診断書の書き方には注意が必要です。
ここでは、虐待や性同一性障害など、精神的苦痛を理由とした改名が許可される理由や、診断書などの証拠の作り方について解説します。
精神的苦痛で改名できる理由とは?
改名したい理由が精神的苦痛と一言でいっても幅広くあります。
どのような精神的苦痛がある場合、裁判所は改名を許可するのでしょう。
裁判所で改名が許可されやすい理由と、許可されにくい理由について、判例とともご紹介します。
裁判所が許可する理由と判例
- 虐待を受けている
- 暴力などのDVを受けている
- イジメを受けている
- ストーカー被害
- 性同一性障害である
- 名前がネット上に拡散されている
どんな事情かにもよりますが、これらの改名理由は精神的苦痛の事情が改名申請で通りやすく、許可されやすい理由です。
抱えている精神的苦痛は人それぞれありますが、改名理由(精神的苦痛)が深刻なほど許可されやすいです。
精神的苦痛を理由に改名が認められる事情は、家庭に問題があるケースが目立ちます。
また、精神的苦痛での改名の場合、性同一性障害を理由にした改名も許可されやすいです。
性同一性障害を理由に改名する方は多く、性同一性障害の性別変更も年々増え続け、ここ数年は毎年800人以上で推移しています。
性同一性障害という言葉の認知度が高くなっており、理解が深く許可に対して寛容な裁判所も多いようです。
必ず認められるわけではないですが、暴力(DV)は命の危険もあり、精神的苦痛を理由にした改名は、緊急性が高いほど認められる傾向です。
虐待による精神的苦痛で改名が許可された判例
幼少時に受けた虐待の加害者である近親者および、加害行為を想起させ強い精神的苦痛を与える
→氏と名の変更許可
大阪家庭裁判所/平成9.4.1
性同一性障害で改名が許可された判例
名の変更許可申し立て却下審判に対する抗告事件
性同一性障害である抗告人が、社会生活上、自己が認識している性別とは異なる男性として振る舞わなければならず、男性であることを表す戸籍上の名を使用することに精神的苦痛を感じており、抗告人に戸籍上の名の使用を強いることは社会観念上不当であると射止められる一方、名の変更によって職場や社会生活に混乱が生じるような事情も見当たらないこっからすれば、変更後の名の使用実績が少ないとしても、抗告人の名を変更するには正当な事由がある
大阪高裁/平成21年11.10家月62巻8号75項
裁判所が許可しない理由と判例
- 名前が好きになれず精神的苦痛を受けている
- 名前で嫌な思いをしていて精神的苦痛を受けている
いくら戸籍の名前に対して精神的苦痛を受けていても、主観的な理由や個人の感情だけでは改名は許可されません。
たとえば、名前がからかいの対象となって精神的苦痛を受けているとしても、裁判所が主観と判断すれば改名は許可されないのです。
名前が嫌いという理由、姓名判断、道理に合わない主張(強引なこじつけ)などは改名申請で通用しません。
どのような事情を抱えているのかにもよるので、許可されない精神的苦痛の理由として挙げた改名したい理由が必ず不許可になるわけではありませんが、裁判所は主観ではなく客観的に判断します。
精神的苦痛がもっぱらあなたの主観だと、改名は許可されにくいです。
・精神的苦痛(嫌悪)による改名の不許可の判例
「武平」という名前が放屁する「ぶつ」「屁」に似て不潔さを連想させる
主観的な好悪である。牽強附会(自分の都合のいいように強引に理屈をこじつけること)
高松高等裁判所/昭和35.6.11
・嫌悪感による改名の不許可の判例
トラは猛獣の虎と音が共通であり、纎細優美な女性的な感覚を生じ難い
名称に蔑視・罵詈の意味を含むものとは認め難い
本人の主観的な好悪の感情に基くものである
東京高裁/昭和24.9.26
判例のように嫌悪感などが一般的な感覚ではなく主観と判断された場合は、精神的苦痛による改名は認められません。
精神的苦痛の改名は診断書が証拠となる?
精神的苦痛は改名理由として弱く、あまり表面化しません。
あなたがいくら辛くてもそれが裁判所に伝わらなかったり、名前を変えなければいけないほど、日常生活に問題がないと判断されたりします。
改名するためには「名前を変えなければいけない理由」や「その証拠」が必要です。
精神的苦痛を理由に改名する場合、精神的苦痛の証明として真っ先に思い浮かべるのが医師の診断書です。
性同一性障害の診断書
性同一性障害を理由にした改名は「性別の不一致により名前で精神的苦痛を受ける」といった理由が当てはまります。
この場合、性同一性障害であるという証明をするために医師の診断書は効果的です。
現時点では病気扱いなので、診断書は性同一性障害の証明となります。
性同一性障害の診断書を発行できる病院は、主に精神科や心療内科です。
ガイドラインに沿う場合は病院がかなり限定されますが、知識のある医師やかかりつけ医に相談すれば性同一性障害の診断書を書いてくれる病院もあるようですね。
当事者や医師の考えによって、ガイドラインかそれ以外かどちらの診断書を受け取るのかは自由に選択できます。
虐待やDVの診断書
虐待や暴力などのDVがあれば、ケガの写真や診断書が有効です。
行政の支援を受けている場合は、その手続きを行った書類も証拠となります。
うつ病やPTSDなどの精神疾患の診断書
他の診断書も同様ですが、仮にうつ病になって診断書を発行してもらっても、裁判所や担当者(審議官)によって、うつ病の証明になっても名前による証明とは認めないことがあります。
他にも「名前が嫌」で精神的苦痛を受けて診断書を書いてもらっても、改名の有力な証拠とはなりにくいです。
診断書を証拠とするなら書き方には注意が必要です。
ただ、各家庭裁判所の判断によるので一概には言えませんが、もしあなたが病気を患っているなら診断書が証拠になる可能性もあるので、持っておいたほうがいいでしょう。
精神的苦痛の改名で診断書以外の有力な証拠とは?
診断書以外に有効な証拠として「通称名の使用実績」があります。
裁判所での改名の判断は「戸籍の名前を変えることによる社会的な影響」も許可の判断基準となります。
通称名を使用した事実や、通称名で生活をしたということを証明するために通称名の使用実績を作ると効果的です。
精神的苦痛といっても、さまざまな事情があるので、早急に改名をしなければならないといった場合は、通称名の使用実績を重視しなくても許可される可能性が高いです。
期間が短くてもいいので、なるべく通称名の使用実績を作っておきましょう。
精神的苦痛の改名が裁判所で許可されるためには?
精神的苦痛を理由に改名するためには、改名の許可条件を満たさなければいけません。
裁判所が改名を許可する理由はいくつかあるのですが、精神的苦痛を含めどんな理由にも共通する判断基準は「戸籍の名前によって生活上重大な支障がある」ということです。
いくら精神的苦痛を受けていてそれを理由に改名したいとしても、裁判所から許可されるためには、精神的苦痛が名前に起因することが重要です。
精神的苦痛の事情につて、許可されやすい理由として「虐待」「イジメ」「性同一性障害」などを挙げましたが、改名しなければ精神的苦痛を受け続ける、生活に著しい支障や弊害が出ると判断されなければ許可されません。
ここで紹介した精神的苦痛を理由にした改名で、裁判所が許可した判例を見るとよくわかります。
改名は診断書などの証拠がなくても許可されますが、とくに性同一性障害の場合は必須と言えます。
通院には時間がかかりますが、診断書を用意しておくと安心です。
また、診断書などの証拠の他に重要なのが、申立書の書き方です。
改名は証拠がなくても許可される場合があるので、申立書の書き方が許可に大きく影響します。
精神的苦痛の改名と診断書に関する記事のまとめ
精神的苦痛での改名は生活に支障があるかどうかの説明や、精神的苦痛の状態を客観的に証明するのが難しい面があります。
精神的苦痛による改名は、性同一性障害や、虐待やDVなどの緊急性が高い場合は認められやすいです。
ですが、主観と判断されないように慎重になる必要があります。
改名が許可されるために、可能な範囲で事情に合わせて診断書などの証拠を用意しましょう。
裁判所で改名の証拠と認められるように、診断書の内容に注して工夫しましょう。